東部

静岡県はサッカー王国

静岡県と言えばサッカーの聖地!多くのJリーガーを輩出している「サッカー王国」!

そんなサッカーに関する資料館がクレマチスの丘と同じ長泉町にあると聞き、
学生時代にサッカーをしていた私ishiyaがやってきました。


『静岡サッカーミュージアム』

選手の栄光を物語るユニフォームやトロフィーの数々、報道写真や当時の新聞記事を通して静岡サッカーの歴史の深さを体験出来ます。

またJリーグのクラブチーム『清水エスパルス』と『ジュビロ磐田』の情報コーナーなども充実している。


館内の案内をしてくれる事務局長の村松信孝さん

「県内出身のJリーガーはやっぱり中部に集中しているね。清水商業や藤枝東高校なんかがサッカー強豪校だからね。
そういえば、小学校のグラウンド照明設置率が日本一なんだよ」と教えてくれた。

それだけ夜遅くまで練習が出来るという環境なのですね。

FIFAワールドカップの日本代表に選ばれた静岡県出身の選手は、1998年に10人、2002年は11人、2006年は5人と多い。
まさに「サッカー王国」と言う名前にふさわしい県です。


1965年ソ連・ヨローッパ遠征時の日本代表 桑原勝義(くわばらかつよし)選手の着用ユニフォーム

桑原勝義さんは藤枝市出身。
1962年度高校サッカー選手権で静岡県立藤枝東高等学校が初優勝した時の中心選手。
卒業後は名古屋相互銀行や日本軽金属サッカー部などに所属し、日本代表にも選出され国際Aマッチ2試合に出場した。
引退後は指導者の道へ進み1973年に本田技研工業サッカー部の監督に就任して、
10年間に渡って指導し念願のJSL1部昇格に導いた。
その後、浜松市に「クワハラ・スポーツクラブ」を設立、1987年に弟の桑原隆さんと共にPJMフューチャーズの
立ち上げに関わって、選手育成や短期間でのJSL1部昇格を目指し将来のプロリーグ参加を目標に尽力された。

1965年当時、選手が脛を守る為につける「脛当て」はなんと!竹で出来ていたそうです。(現在はゴムやプラスチック)

※JSL =(日本サッカーリーグ、Japan Soccer Leagueの略)
1965年から1992年まで存在した日本のサッカーリーグ(=現Jリーグの前身)

※PJMフューチャーズ=静岡県浜松市を本拠に結成された社会人クラブチーム。
1994年にホームタウンを佐賀県鳥栖市に移転した(=現J1サガン鳥栖の前身)。


杉山隆一(すぎやまりゅういち)選手とペレ選手の記念写真

静岡市出身の杉山選手は、1968年にはメキシコシティオリンピックに出場し、センタリングを武器とする俊足の左ウイングとして活躍した。
1986年大会では、5アシストを記録するなど銅メダル獲得に貢献。

杉山選手と「サッカー史上最高の選手の一人」と言われているペレ選手のサイン入り2ショット写真。
これは静岡県民ならばサッカーファンでなくても、 1度は拝みたいものですね。


2002年日韓ワールドカップ 優勝国ブラジル

日本と韓国の各地で熱戦を繰り広げた2002年ワールドカップでの、優勝国ブラジルのユニフォームが展示されていた。
ユニフォームには主要選手のサインが入っていて、大会得点王のロナウド選手やドリブル突破の得意なロナウジーニョ選手のサインもあった。

皆さん、サインってどうやって考えるのでしょね。
将来サッカー選手になりたい人は是非、多数展示されているサイン入りユニフォームを参考にしてみては。


ペレ選手のユニフォームと記念撮影(中央:白地に緑字のユニフォーム)

100m走を10秒台で走る俊足のペレ選手が実際に着たユニフォームの展示で、彼の息づかいを感じられそう。

私の好きな色合いのユニフォームでした。


サッカーの成り立ちについて学ぶ

14世紀のイギリス各地で行われたフットボールを民俗フットボールと称する。
このスポーツから派生して、サッカーやアメリカン・フットボール、ラグビー・フットボールが誕生した。
中世で行われていたフットボールの特徴—————————————————————————–
・1個のボールを2チームに分かれてゴールに運び込むというゲームは現在と同じ。
・プレイの場所・時間・人数は一定せずに、郊外を含む街全域で数千人が参加することもあった。
・足だけでなく,手も使って運ばれる。
・肉体的暴力が大幅に容認され、球技というより格闘技であり、大勢の負傷者や時には死者まで出た。
・多人数が参加する場合は、安息日や農閑期、特定の宗教祭日に行われ、地域共同体の祭の1つでもあった。

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まさかの手を使って良いという驚異的なスポーツから始まったサッカー。
そして街全体で行われていたというのも驚愕の事実です(笑)。


レッドカードとイエローカード

現在のサッカーの試合は民族フットボールと違って、悪質な危険な行為をするとイエローカード
(2枚貰うと退場)かレッドカード(1枚で退場)が出されます。2006年ワールドカップドイツ大会で
上川徹審判がイングランドVSトリニダードトバゴ戦で使用した警告退場カード。


山本さんご家族

少年団でサッカーをしている貴己くん(写真手前・左)と貴大くん(写真手前・右)

「僕は足が速くてドリブルの上手い選手になりたい。エスパルスの澤登選手(現:解説者)が好きです。」と貴己くん。
「僕はテクニックのある選手になりたい。ジュビロの名波選手(現:解説者)みたいになりたいです。」と貴大くん。

いつか、2人が同じピッチで戦う姿が観たいです。もしくは、日の丸を背負って活躍してほしいですね。

山本さんご家族の皆さん、ありがとうございました。


テーブルサッカーでキックオフ

村松さんが「テーブルサッカーでもしよう」と誘ってくれたので対戦する事に。

レバーをまわすと各列選手がくるくると回転し、上手くボールを当てて相手のゴールを目指します。

試合をしていると、手違いで自軍のゴールにオウンゴールしてしまう事もあり、そのショックは大きい。
試合結果は、2-0で私の勝ちでした。しかし、村松さんのオウンゴール2点での勝利なので実感は無かった。

「なかなかやるじゃん。テーブルサッカーも本格的な競技になりつつあるから挑戦してみれば?」
と言われ気分良く静岡サッカーミュージアムを後にしたのでした。

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,,※この記事は2012年9月に公開しました。

『静岡サッカーミュージアム』

所在地:静岡県長泉町クレマチスの丘(スルガ平)2200
電話:055-989-9300
開館時間:10:00〜16:30
休館日:毎週水曜日(水曜日が祭日の場合は翌日)年末年始
入場料:無料
URL:http://www.shizuoka-fm.jp/index.php


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